習鑿齒曰：夫創本之君，須大定而後正己，纂統之主，俟速建以係眾心，是故惠公朝虜而子圉夕立，更始尚存而光武舉號，夫豈忘主徼利，社稷之故也。今先主糾合義兵，將以討賊。賊彊禍大，主沒國喪，二祖之廟，絕而不祀，苟非親賢，孰能紹此？嗣祖配天，非咸陽之譬，杖正討逆，何推讓之有？於此時也，不知速尊有��以奉大統，使民欣反正，世覩舊物，杖順者齊心，附逆者同懼，可謂闇惑矣。其黜降也宜哉！ 
臣松之以為
鑿齒論議，惟此論最善。
（漢籍電子文献資料庫三國志 1016頁 ちくま5-315）
（漢籍電子文献資料庫三國志 1016頁 ちくま5-315）
解説
費詩は蜀出身で、そのまま劉備にも仕えることになった人物。その劉備が即位を考えたとき、曹魏がいまだ滅んでいない段階で皇帝を名乗るのは悪手にもほどがあると懸命に劉備を諫め、そのために左遷を喰らいました。
費詩のこの行動に対し、蜀こそが正統であると断言してやまない習鑿歯先生は「いやいや、既に漢ってもんが成り立っている以上正統なる後継者が後継者として立つのは当たり前でしょうよ、春秋晋で恵公が朝に秦の捕虜となると夕には懐公が立ったし、王莽を打倒して立った更始帝が赤眉に追い詰められたら光武帝が立ったじゃん、確かな王朝がある際の天子即位ってのはそんなもん！ 難敵の排除より、まず社稷の維持こそが優先されんの！ そういう大義名分も理解できないで皇帝即位が云々って語るとか、そりゃ費詩が左遷されても仕方ないでしょ！
これに対して裴松之先生、普段はやや控えめながらも習鑿歯先生を批判しながら、ここでは「ここの論はきわめて優れてるよね」と仰るのです。
費詩のこの行動に対し、蜀こそが正統であると断言してやまない習鑿歯先生は「いやいや、既に漢ってもんが成り立っている以上正統なる後継者が後継者として立つのは当たり前でしょうよ、春秋晋で恵公が朝に秦の捕虜となると夕には懐公が立ったし、王莽を打倒して立った更始帝が赤眉に追い詰められたら光武帝が立ったじゃん、確かな王朝がある際の天子即位ってのはそんなもん！ 難敵の排除より、まず社稷の維持こそが優先されんの！ そういう大義名分も理解できないで皇帝即位が云々って語るとか、そりゃ費詩が左遷されても仕方ないでしょ！
これに対して裴松之先生、普段はやや控えめながらも習鑿歯先生を批判しながら、ここでは「ここの論はきわめて優れてるよね」と仰るのです。
皆様のコメント
波間丿乀斎
裴松之先生が散々習鑿歯先生の論を批判しながらも、どうしても舌鋒鋭くなりきれない理由がこの条に集約されている感じですね。
だいぶ先の話になりますが、南宋の曽先之が書いた十八史略は蜀漢正統論がかなり強くなっています。三国志にあって魏が正統と証明されているにもかかわらず、です。ともなれば、三国志は素晴らしい史書でこそあれ魏を正統とするわけにはいかない、という史観が後世に醸成されていったと考えるのが妥当でしょう。
そして習鑿歯は蜀の正統史観をはじめに打ち立てた人、と言っていいです。同時代人の桓温があわや簒奪に迫っていたため、『漢晋春秋』を著し「魏みたいに権勢が高まったからと言って簒奪決めるようなやつはクソ」と主張しました。ならばどう晋の正統性を担保されたかというと「劉禅より皇統を引き受けた」ことによります。つまり蜀が正統な後継者であったから、それを引き継いだ晋は漢の正統な後継者である、と主張したのです。これ、一応理屈としては通るのですよね、劉備が漢の帝位を継承するだけの正統性が全く担保できていないことさえ度外視すれば。……ただこの辺もわりとエクスキューズがあって、「正規の主がいなきゃとりあえずの主が立つこともオッケー」とされるんですよね。とりあえずの主の権勢が低くても可。祭祀を継げさえすればいいので。その具体例こそが、習鑿歯の論に出る春秋晋の恵公と、懐公。懐公、翌年にはのちに春秋五覇として謳われる晋の文公に殺されています。
裴松之先生が正統論で習鑿歯論に肩入れしているのは、これ、当時の主が劉氏だったからなのかもしれないですね。一応劉氏は皇統継承にあたって「漢→魏→晋→宋」のルートが公式だと謳っていますが、感情論ではなかなかそうもいかなかったのかな。ともあれ習鑿歯の言う蜀正統論に裴松之先生は与していて、けど他の部分での習鑿歯先生の発言って微妙だしなぁ……みたいなアンビバレンツな感情が、「ここの論だけは素直に賛成できます！」みたいな微妙な言い回しになったのかもしれません。
この論の問題点は、裴松之先生が蜀漢正統論を支持していたという確証がいまいち取りきれないことなんですよねぇ。七、八割がたはそう言っていい気もするんですが、微妙に遠い。むうん。
だいぶ先の話になりますが、南宋の曽先之が書いた十八史略は蜀漢正統論がかなり強くなっています。三国志にあって魏が正統と証明されているにもかかわらず、です。ともなれば、三国志は素晴らしい史書でこそあれ魏を正統とするわけにはいかない、という史観が後世に醸成されていったと考えるのが妥当でしょう。
そして習鑿歯は蜀の正統史観をはじめに打ち立てた人、と言っていいです。同時代人の桓温があわや簒奪に迫っていたため、『漢晋春秋』を著し「魏みたいに権勢が高まったからと言って簒奪決めるようなやつはクソ」と主張しました。ならばどう晋の正統性を担保されたかというと「劉禅より皇統を引き受けた」ことによります。つまり蜀が正統な後継者であったから、それを引き継いだ晋は漢の正統な後継者である、と主張したのです。これ、一応理屈としては通るのですよね、劉備が漢の帝位を継承するだけの正統性が全く担保できていないことさえ度外視すれば。……ただこの辺もわりとエクスキューズがあって、「正規の主がいなきゃとりあえずの主が立つこともオッケー」とされるんですよね。とりあえずの主の権勢が低くても可。祭祀を継げさえすればいいので。その具体例こそが、習鑿歯の論に出る春秋晋の恵公と、懐公。懐公、翌年にはのちに春秋五覇として謳われる晋の文公に殺されています。
裴松之先生が正統論で習鑿歯論に肩入れしているのは、これ、当時の主が劉氏だったからなのかもしれないですね。一応劉氏は皇統継承にあたって「漢→魏→晋→宋」のルートが公式だと謳っていますが、感情論ではなかなかそうもいかなかったのかな。ともあれ習鑿歯の言う蜀正統論に裴松之先生は与していて、けど他の部分での習鑿歯先生の発言って微妙だしなぁ……みたいなアンビバレンツな感情が、「ここの論だけは素直に賛成できます！」みたいな微妙な言い回しになったのかもしれません。
この論の問題点は、裴松之先生が蜀漢正統論を支持していたという確証がいまいち取りきれないことなんですよねぇ。七、八割がたはそう言っていい気もするんですが、微妙に遠い。むうん。
コメントをかく